ジャパニーズジンの
歴史と魅力 完全年表
日本のジンの歴史は、1936年に始まり、長い空白期を経て、2016年に大きく動き出しました。そして2024年と2025年、World Gin Awardsで日本勢が異なる蒸溜所・異なる部門で2年連続して部門別世界最高賞を獲得し、ついに世界の主役の一角を占めるに至っています。本稿では、90年の年代記を、節目となった出来事と人物・銘柄でたどっていきます。Japanese Craft Spirits Association(JCSA)の「ジャパニーズクラフトジン」定義、戦前のサクラジン・ヘルメスジンから戦後の沈黙、2008年酒税法改正という制度的転換、2016年京都「季の美」発の起点、2017年の主要4本同時参入、各地への波及、そして近年の国際受賞ラッシュまでを一次ソース付きで網羅します。
最終更新: 2026年5月9日 / 出典: 各蒸溜所公式リリース、World Gin Awards 公式、IWSC公式、SFWSC公式、TWSC公式、サントリー洋酒文化資料、本坊酒造公式、養命酒製造公式、京都蒸溜所公式、松井酒造公式、ニセコ蒸溜所公式、業界専門メディア(Bar Times、Liquor Page、日経新聞、PR Times)/ 確認できる範囲を超えた断定表現は避けています。
1. いま、ジャパニーズジンが世界の主役へ
2024年3月、ロンドンで発表されたWorld Gin Awards──世界最大級のジンコンテストで、北海道ニセコ町のニセコ蒸溜所「ohoro GIN Standard」が、Classic Gin部門の世界最高賞「World's Best Classic Gin」を受賞しました。
翌2025年。今度は鳥取・倉吉の松井酒造「白兎プレミアム」が、Contemporary Style Gin部門の世界最高賞を獲得。異なる蒸溜所が、異なる部門で、2年連続して部門別世界最高賞を取った──これが現在のジャパニーズクラフトジンの位置です。
では、日本のジンはいつから世界に届くようになったのか。実は、その歴史は決して短くありません。1936年に始まった国産ジンの物語が、2016年に京都で再起動し、約10年でここまで来た──その90年の歩みを、この記事で年代記としてたどっていきます。
| 年 | 出来事 | 意義 |
|---|---|---|
| 1936年 | 壽屋(現サントリー)「ヘルメスジン」発売 | 国産ジンの最古の確認例 |
| 2008年 | 酒税法改正で小規模スピリッツ製造の現実的可能性が拡大 | 制度的解禁 |
| 2016年 | 京都蒸溜所「季の美」発売(10/14) | クラフトジン元年 |
| 2017年 | 和美人・カフェジン・ROKU・辰巳蒸留所創業 | 本格到来 |
| 2024年 | ニセコohoro GIN Standard「World's Best Classic Gin」 | 世界最高賞① |
| 2025年 | 松井白兎プレミアム「World's Best Contemporary Style Gin」 | 世界最高賞②(2年連続) |
2. 「ジャパニーズジン」とは何か:定義と要件
近年、日本のジン業界は「ジャパニーズクラフトジン」というカテゴリの輪郭づくりに取り組んできました。中心的な役割を果たしているのが、Japanese Craft Spirits Association(JCSA/日本蒸溜酒協会)です。
JCSAの「ジャパニーズクラフトジン」定義
JCSAは2022年に「ジャパニーズクラフトジン」の自主基準を公表し、概ね以下の要件を提示しています(JCSAおよび業界メディアの公開情報の要旨)。
- 原料アルコール: 国内の蒸溜所で製造されたものを用い、国内で再蒸留・ボタニカル抽出を行う
- ボタニカル: 少なくとも1種類は日本産素材を使用すること(柚子、山椒、玉露、桜、ヒノキ等)
- 蒸留・ボトリング: 日本国内の蒸溜所で完結させる
- 表示: 「ジャパニーズジン」「ジャパニーズクラフトジン」を名乗るボトル全般について、上記要件の自主遵守を求める
EU規則のジンの定義(ジュニパー主体・最低度数37.5%等)は技術定義ですが、JCSAが補強しているのは「日本性」をどう担保するかという地理的・文化的アイデンティティの定義です。
「クラフト」の意味
「クラフト」(craft)に厳密な数値定義はありませんが、業界一般では小規模・独立・職人的・自家蒸留を指します。日本ではポットスチル+減圧蒸留や銅製単式蒸留器を駆使した小ロット製造が主流で、年産数千〜数万本の規模感です。サントリー「ROKU」は大手系列ですが、本坊酒造マルス津貫、京都蒸溜所、ニセコ蒸溜所、松井酒造、武蔵野蒸留所など多くは独立系・地域密着型の蒸溜所です。
「日本らしさ」の3層
ジャパニーズジンの「日本らしさ」を構造化すると、以下の3層に整理できます。
- 素材層: 柚子・山椒・玉露・煎茶・桜・ヒノキ・木の芽・赤しそ・笹の葉・ヤチヤナギ・クロモジなどの日本固有・在来植物
- 技術層: 減圧蒸留・ベイパーインフュージョン・カフェ式連続蒸留器・軟水での仕上げ。日本酒・焼酎・ウイスキー文化が育てた精密蒸留技術の応用
- 物語層: 「6つのエレメント(季の美)」「shun=旬(ROKU)」「森林浴(香の森)」「湿原のヤチヤナギ(ohoro)」など、ボトル1本に文化的な世界観を込める設計
これらが揃うことで、ジャパニーズジンは「単なる和素材付加のジン」ではなく、「日本という風土と文化が形にした蒸溜酒」として、世界のジン市場に独自カテゴリを確立しました。
3. 戦前:1936年「ヘルメスジン」と国産ジンの萌芽
確認できる最古の国産ジンは、1936年(昭和11年)に壽屋(ことぶきや、現サントリー)が発売した「ヘルメスジン(HERMES DRY GIN)」です。サントリーの洋酒文化史にも記載されており、戦前の都市部でカクテル文化が花開いていた時代に、輸入品中心のジン市場に投じられた1本でした。
壽屋(現サントリー)の洋酒戦略
1923年に山崎蒸溜所を建設してウイスキー製造を始めた壽屋は、洋酒の総合メーカー化を志向していました。1929年「サントリーウヰスキー白札」、1936年「ヘルメスジン」、その後ブランデー「サントリー」と続く一連の流れは、明治・大正期に輸入品で根付いた洋酒文化を、日本の手で内製化する動きの一環でした。
当時のヘルメスジンの設計仕様(ボタニカル構成・度数)は公開資料が限定的で、現代から完全に再現することは困難ですが、ロンドンドライ・スタイルを範としていた可能性が高いと業界資料から推察されます。
戦前のジン文化と「カフェー」
1920年代から1930年代にかけて、東京・大阪・神戸・横浜など都市部では「カフェー」「バー」が広がり、マティーニ・ジンフィズ・ジンリッキーといった洋酒カクテルが嗜まれていました。輸入品のゴードンやビーフィーターと並んで、国産ヘルメスジンも一部のバーに置かれていたと考えられます。
ただし、これは現代の「クラフトジン」とは別の文脈です。当時のヘルメスジンは大量生産型のロンドン・ドライ・ジンを範としたものとみられ、洋酒近代化の一環として位置づけられるべきもの。日本独自のボタニカルや小規模蒸溜の発想は、ここにはまだありませんでした。
「サクラジン」「日本印ジン」など輸出向け銘柄
戦前から戦後初期にかけて、輸出市場向けに「サクラジン」「日本印ジン」といった国内製造のジンが存在したという業界資料もあります。ただし詳細仕様や製造規模、現代のクラフトジンとの直接的なつながりについては、一次ソースで確証を取れる範囲が限定的なため、本稿では「ヘルメスジン以外の戦前国産ジンの存在は資料上確認できる」という範囲に留めて記述します。
とはいえ、「日本人の手でジンを作る」という選択肢が90年前からあったという事実は、現代ジャパニーズジンの精神史をたどるうえで重要な原点です。
出典: サントリー「洋酒文化創造の歴史」。本記事ではヘルメスジンを「確認できる最古の国産ジン」として記載しており、「日本初」という表現は厳密な裏付けが取れない範囲では避けています。
4. 戦後の70年:日本でジンが育たなかった3つの理由
ヘルメスジン以降、戦後から2000年代までの約70年間、日本のジン市場は実質的に停滞します。なぜか。理由は大きく3つに整理できます。
理由①:消費者が選んだ酒は焼酎・ウイスキー・ビール・日本酒
戦後復興期から高度成長期にかけて、日本人が選んだ酒は焼酎・ウイスキー・ビール・日本酒でした。各カテゴリが各々独自の地位を築き、ジンは「カクテルベースの輸入洋酒」という位置づけにとどまりました。家庭で飲むスピリッツとして大衆化することがなく、バーで提供されるカクテルベースに用途が限定された結果、製造メーカー側にも国産化への投資インセンティブが弱かったのです。
理由②:酒税法による参入障壁
第2に、酒税法の壁です。日本の酒税法では、スピリッツ製造免許の最低製造数量基準が高く、小規模事業者の参入が困難な時代が長く続きました。この「最低製造数量」要件は、品質保証や脱税防止という目的の裏で、結果的に小規模クラフト蒸溜所の誕生を阻む参入障壁として機能していました。
2008年の酒税法・酒税法施行令改正で、小規模なスピリッツ製造が現実的に可能になったことが、後のクラフトジン爆発の制度的基盤になります(次セクション参照)。
理由③:世界的なクラフトジンブームのタイミング
第3に、世界的なクラフトジンブームのタイミングです。2000年代後半から英国でクラフトジン革命が起き(2009年のSipsmithがロンドンの単式蒸溜免許を約200年ぶりに取得し象徴的な役割を果たしたとされます)、その流れが日本に到達するまでに約10年。世界のうねりが日本に届いた瞬間が、まさに2016年の京都だった──というのが、いま振り返ったときに見える時系列です。
つまり、日本のジンが2016年以降に一気に動き出したのは偶然ではなく、「制度の解禁」と「世界のブーム」と「日本独自の素材を活かす感性」が同じタイミングで揃った結果でした。これら3つが揃わなければ、現在のクラフトジン市場は存在しなかった可能性が高いと言えます。
5. 2008年酒税法改正:制度的解禁という転換点
クラフトジン業界の制度的転換点として、業界資料で頻繁に言及されるのが酒税法の運用変化です。詳細は所管官庁(国税庁)公示や酒税法施行令の改正履歴に記録されていますが、要点を整理すると以下のようになります。
スピリッツ免許枠の柔軟化
従来、スピリッツ製造免許には実質的に大手向けの最低製造数量が前提となっていましたが、2000年代後半以降の運用変化と、各種免許枠の柔軟化により、小規模事業者でも現実的にスピリッツ製造が可能になりました。これが、地方の酒蔵がジン蒸溜所を併設する道を開いた主因です。
既存酒蔵の「2業態化」
注目すべきは、多くのジャパニーズクラフトジン蒸溜所が、既存の日本酒・焼酎・ウイスキー蔵元の「2業態化」として誕生した点です。例えば──
- 本坊酒造マルス津貫蒸溜所(鹿児島): 焼酎・ウイスキー蔵元によるジン参入
- サクラオB&D(広島・廿日市、創業1918年): みりん・焼酎メーカーによる大正7年からの長い歴史をクラフトジンに展開
- 松井酒造(鳥取、創業1910年): ウイスキー蔵元のジン展開
- 養命酒製造(長野・駒ヶ根): 薬用酒メーカーがハーブ蒸留ノウハウをジンに転用
- 京屋酒造(宮崎、創業1834年): 芋焼酎蔵元のジン展開
- 油長酒造/大和蒸溜所(奈良): 日本酒「風の森」の蔵元による橘花KIKKA GIN
- 武蔵野蒸留所(埼玉、2020年): 「埼玉県戦後初のスピリッツ製造免許」を取得
つまり、日本の酒造文化の蓄積(発酵・蒸留・原料調達・販売網)に、ジンという新カテゴリが「乗った」のが、ジャパニーズクラフトジンの実態です。これは、欧米の独立系クラフトジン蒸溜所(ゼロから蒸溜業として起業)とはやや違うパターン。だからこそ、地域素材を扱う知見と、製造インフラ、国際的なブランディング体力を、参入時点ですでに持っていたのです。
6. 2016年10月14日:京都「季の美」という元年
現在のジャパニーズクラフトジンブームの明確な起点が、2016年10月14日に発売された「季の美 京都ドライジン」(京都蒸溜所)です。京都蒸溜所自身が公式に「日本初のジン専門蒸溜所」を標榜しており、ジン製造のために設立された日本初の専門蒸溜所として歴史を切り開きました。
創業者と英国Berry Bros & Rudd出資
京都蒸溜所は2014年に設立。経営の骨格を担ったのは英国の老舗酒類商Berry Bros & Rudd。創業者のひとりはBerry Bros & Ruddで日本酒輸入を手掛けたDavid Croll氏で、京都の地と日本の素材を生かしたジン蒸溜所のビジョンを実現しました。現在はペルノ・リカール・ジャパンの傘下に入り、京都市南区から亀岡市の新蒸溜所(2025年秋稼働予定)への移転を進めています。
11種のボタニカルと「6つのエレメント」
季の美は、11種のボタニカル(ジュニパーベリー・オリスルート・ヒノキ・玉露・ゆず・レモン・山椒・生姜・笹の葉・赤しそ・木の芽)を、「6つのエレメント」(礎・柑・凛・辛・茶・芳)に分け、それぞれ別々に蒸留してから、伏見の名水でブレンドする独自製法を採用しました。
| エレメント | 意味 | 該当ボタニカル |
|---|---|---|
| 礎 | ジンの土台 | ジュニパーベリー、オリスルート、ヒノキ |
| 柑 | 柑橘の華やぎ | 柚子、レモン |
| 凛 | 清涼な香り | 笹の葉、玉露 |
| 辛 | スパイス感 | 山椒、生姜 |
| 茶 | お茶の旨味 | 玉露 |
| 芳 | 香草・薬草系 | 赤しそ、木の芽 |
玉露・柚子・山椒・木の芽・赤しそ──。日本の地理的・文化的個性を全面に押し出した素材選定は、世界のジン市場に新風を吹き込みました。
2018年:IWSCで「世界最高のジン製造者」
2018年、京都蒸溜所はIWSC(International Wine & Spirit Competition)2018で"International Gin Producer of the Year"を獲得。「世界最高のジン製造者」として国際的な認知を一気に獲得しています。発売からわずか2年での快挙でした。
「日本らしさ」を世界に提示する初の成功例
季の美が画期的だったのは、ジンの世界標準である「ジュニパー主体」のルールを守りながら、残りのボタニカル枠を日本固有素材で埋めるという設計を、全世界に対して明確に提示したこと。これ以降、「ジャパニーズジン=和素材を活かしたクラフトジン」という新カテゴリが成立し、世界中の蒸溜所がこの設計思想を意識するようになります。
季の美を旗艦とする京都蒸溜所のラインナップには、季の美 勢(KI NO BI SEI、54%)、季のTEA(玉露・碾茶を強調)、季の美 エディションK(キルケラン蒸溜所のバーボン樽熟成)、季の美 エディションG(アンリ・ジロー樽熟成)等、樽熟成や限定品も加わり、現代ジャパニーズジンの総合的な地平を切り開いています。
出典: 京都蒸溜所「季の美」公式、Bar Times「季の美 京都ドライジンのご紹介」、The Gin Guild Ginopedia
7. 2017年:本格到来の年(和美人・辰巳・カフェジン・ROKU)
季の美の成功が引き金となり、2017年は日本のジン市場にとって決定的な転換点になりました。わずか半年の間に、現在のジャパニーズジンを代表する4本が一気に登場します。
3月30日:本坊酒造「Japanese GIN 和美人」発売
鹿児島・南さつま市のマルス津貫蒸溜所から発売されたのが、本坊酒造の「Japanese GIN 和美人(WABIGIN)」(2017年3月30日)。津貫加世田で収穫された金柑、辺塚橙(へつかだいだい)、けせん(ニードルウッド)、月桃など、薩摩の地の素材を11種ボタニカルとして織り込んだ、地域性が極めて強いクラフトジンです。
本坊酒造の歴史は古く、ウイスキー界ではマルスウイスキーで知られた老舗。ジン×焼酎×ウイスキーの3カテゴリで国際受賞歴を持つ唯一級の酒造でもあります。和美人はTWSC 2024 Best of the Best、ISC 2024 Double Gold、ISC 2022 Trophy、SFWSC 2024 Goldなど多数の受賞歴を蓄積しています。シリーズには和美人 The Forest(屋久杉・ヒノキ葉強化13種)、和美人 ダマスクローズ(バラ主役6種)も。
6月:辰巳蒸留所創業(岐阜・郡上市)
東京農業大学醸造学科出身の辰巳祥平氏が、岐阜県郡上市八幡町に小規模蒸留所(辰巳蒸留所)を設立。屋号は「アルケミエ(Alchemiae)」──錬金術師を意味するラテン語に由来します。当時30歳の辰巳氏が単独で創業し、WET.MMXXI GIN、First Essence LAVENDER GIN、金木犀 Kinmokusei Gin、樽熟成 Demon ORANGE、わさび、アブサンなど、少量生産・実験的な銘柄の宝庫として現在まで個性を発揮し続けています。
辰巳蒸留所の特徴は、ボタニカルを毎年実験的に変えていく姿勢で、First Essence 3rd Anniversary(76種ボタニカル)のような極端な構成も生まれています。「個人蒸溜所がここまで自由にジンを作れる」という事実を体現する存在です。なお、過去誤情報として一時期Web上に流布した「石川県金沢市」「老舗料亭旅館「辰巳」運営」「加賀ノ月 GIN」はすべて誤りで、正しくは岐阜県郡上市が所在地です(本サイトでは一次ソースで訂正済み)。
6月27日:ニッカウヰスキー「ニッカ カフェジン」発売
ウイスキーの名門ニッカウヰスキーが投入したのが、宮城峡蒸溜所のカフェ式連続蒸留器を活かした「NIKKA COFFEY GIN(ニッカ カフェジン)」。柚子・甘夏・かぼす・シークヮーサーの和柑橘4種に山椒、合計11種のボタニカルを使用。カフェ蒸溜液のなめらかな口当たりと和柑橘の華やかさを掛け合わせた、ニッカらしい設計のクラフトジンです。
製造の工夫として、カフェ式連続蒸留機(カフェスチル)でカフェ蒸溜液を作り、ボタニカルを浸漬・再蒸溜してブレンドする手法を採っています。カフェスチルは1963年に当時の日本油料工業(後のニッカ)が導入し、1999年に宮城峡蒸溜所へ移設された歴史的設備で、世界的にも珍しい連続蒸留器の現役機です。
余談ですが、ニッカ カフェジンは栃木工場ではなく宮城峡蒸溜所で製造されています。製造場所と熟成・ブレンド場所が分かれているのがニッカの特徴で、栃木工場は熟成・ブレンドの拠点。受賞歴はWorld Gin Awards 2019 Gold、WGA 2021 Silver。
7月4日:サントリー「ROKU〈六〉」発売
そして7月4日、ヘルメスジンから81年──サントリーが満を持して放った本格ジャパニーズクラフトジン「ROKU〈六〉」(サントリー大阪工場製造)。和素材6種(桜花・桜葉・煎茶・玉露・山椒・柚子)と伝統ボタニカル8種(ジュニパー・コリアンダー・アンジェリカルート・アンジェリカシード・カルダモンシード・シナモン・ビターオレンジピール・レモンピール)、合計14種のボタニカルを駆使した銘柄です。
ROKUの設計思想は「shun(旬)」──春は桜花・桜葉、夏は煎茶・玉露、秋は山椒、冬は柚子。日本の四季の移ろいをジン1本に表現するという、文化的厚みのあるアプローチが世界的な評価を獲得しました。日本のジンを「文化として味わう」感性をグローバルに広めた立役者と言えます。
ROKUはWGA 2025 Gold(Classic Gin、Japan代表)、ISC 2025 "Best Distilled Gin" Trophyといった近年の受賞を含めて、サントリー大阪工場(敷地内「スピリッツ・リキュール工房」)で製造されています。サントリー大阪工場は1919年操業開始──奇しくも1936年ヘルメスジン以来、サントリー(壽屋)の現存最古の工場での製造です。同工場は2024〜2025年に55億円投資・2.6倍生産能力の大規模設備投資を実施し、2026年春から一般見学ツアー開始予定。
出典: 本坊酒造「和美人」公式(2017.03.30 release)、アサヒビール ニッカ カフェジンニュースリリース、サントリー ROKU公式、サントリー ROKU公式(英語)。
8. 2018-2019年:全国へ波及し蒸溜所100超へ
2017年の主要4本に続き、各地に独自素材を活かした蒸溜所が次々と立ち上がります。「自分の地元の素材で、自分のジンを作る」──このマインドセットが全国に広がった2年間でした。
2018年3月5日:サクラオB&D「SAKURAO GIN ORIGINAL」
広島・廿日市の老舗酒造(旧 中国醸造、現サクラオB&D)が、創業100周年の節目に投入した広島県初のクラフトジンSAKURAO GIN ORIGINAL。レモン・ネーブル・夏みかん・緑ゆず(安芸高田)・ダイダイ・ヒノキ・緑茶(府中)・赤しそ・ジンジャー(三次)という広島産9種+海外5種の構成で、地元素材への徹底的なこだわりを見せました。同社は2021年3月に社名を中国醸造からサクラオブルワリーアンドディスティラリー(サクラオB&D)に変更。SAKURAO GIN LIMITED(17種すべて広島産・牡蠣殻使用)、SAKURAO GIN HAMAGOU(WGA 2021 Gold+Country Winner)と展開を広げています。
2018年4月26日:紅櫻蒸溜所が北海道初のジン蒸溜所として開業
札幌市南区澄川の紅櫻公園内に開業した紅櫻蒸溜所。「9148」シリーズで北海道の素材を圧倒的なバリエーションで投入する個性派路線が特徴で、エディションごとにボタニカル構成が変わります。9148 #0101 STANDARDには日高昆布・切干大根・干し椎茸・ブルーベリー・ラベンダー、#0396 SAKURAには桜の葉・桜の花・函館真昆布、#0211 FUKINOTOにはフキノトウ等、ナンバリングごとに季節と素材が刻まれます。9148 #0303 NAVY STRENGTHは57%の高度数仕様。少人数運営の小規模蒸溜所が独自の魅力を発揮できることを証明した存在です。
2018年:宮崎・京屋酒造「油津吟 YUZU GIN」
天保5年(1834年)創業の宮崎・京屋酒造が手掛けた、宮崎県初のクラフトジン油津吟 YUZU GIN。芋焼酎ベースに柚子・山椒・生姜・きゅうり・へべず・日向夏・コリアンダー・クローブを加えた9種ボタニカルで構成、TWSC 2019金賞・「ベストジャパニーズクラフトジン」に選出され、Mondo Selection 2018 最高金賞・TWSC殿堂入りも果たしている実力派。芋焼酎の深みと柚子の華やぎが見事に融合しています。
2019年3月:養命酒製造「香の森」
長野・駒ヶ根の養命酒製造が、薬用酒のノウハウを活かして発売したのが「香の森(Kanomori)」。100種類を超えるボタニカルから18種類を厳選し、クロモジ(黒文字、Lindera umbellata)の細枝のみを別途蒸留した液と、その他のボタニカルを浸漬蒸留した液をブレンドする独自製法を採用しました。森林浴のような落ち着いた香りは、これまでのジャパニーズジンとも一線を画す独自路線として評価されています。WGA 2025 Goldを獲得。香の雫 KanoshizukuはWGA 2024 Country Winner Gold(Contemporary Style Gin日本代表)。
2019-2021年:ニセコ蒸溜所の準備期間
後の世界最高賞受賞へつながるニセコ蒸溜所は、2019年2月に創業し、約2年半の試験醸造を経て2021年10月にグランドオープン。湿原に自生するヤチヤナギ(Myrica gale)とニホンハッカを主役素材に据え、北海道ニセコ町の高品質軟水で蒸留する設計で世界に挑むことになります。
そのほか2018-2019年の主要参入
この時期には他にも、大和蒸溜所(油長酒造、奈良)が橘花KIKKA GINを、瀬戸内蒸溜所が瀬戸内檸檬主役の檸檬を、武蔵野蒸留所が棘玉 TOGEDAMAの前身を企画開発するなど、地方各地でジン参入が相次ぎました。
9. 2020-2023年:国際受賞ラッシュの胎動
2020年代に入ると、ジャパニーズクラフトジンの国際的評価は加速度的に上昇していきます。各種コンテストでの日本勢入賞は当たり前になり、Goldを獲るだけでは目立たない状況になっていきました。
2020年: WGA Goldを「季の美」が確固たるものに
World Gin Awards 2020で季の美 京都ドライジンがGold受賞。同年、白兎プレミアム(松井酒造)もGoldを獲得しています。これがサントリー「翠(SUI)」(2020年3月10日発売、和素材3種+伝統8種、希望小売価格¥1,380税抜)と並んで、「日本のジンが廉価帯から高価格帯まで国際品質に届いた」ことを示す節目になりました。
2021年: SAKURAO HAMAGOUがCountry Winner
WGA 2021ではSAKURAO GIN HAMAGOU(広島・廿日市)がLondon Dry Gin日本代表(Country Winner)とGoldをダブル受賞。同年、ニッカ カフェジンはSilver。Hong Kong IWSC 2021では欅(みやぎ蔵王せんなり蒸留所)がContemporary Gin部門最高賞を獲得しています。
2022年: TWSC殿堂入り続出
東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)2022では、SAKURAO GIN HAMAGOUが殿堂入り。SAKURAO GIN ORIGINALはGold+Superior Gold。The Gin Masters 2022ではHAMAGOUがMaster、LAISC 2022ではBest of Classと、複数コンテストでハマゴウが最高評価を集めました。
2023年: Country Winner Goldの拡大
WGA 2023ではohoro GIN Standard(ニセコ蒸溜所)が Country Winner Gold(Classic Gin日本代表)。季の美 勢もGold。武蔵野蒸留所「棘玉 TOGEDAMA」はWGA 2023 Japan Country Winner Gold。養命酒製造「香の雫 40%」はSilver。日本勢のCountry Winner(部門別日本代表)獲得が常態化していきます。
翌2024年──ついに頂点に届きます。
10. 2024年:ニセコohoroが世界最高賞へ
そして2024年。世界最大級のジンコンテストWorld Gin Awards(運営: TheDrinksReport / The Gin Guild 関係)の発表で、衝撃のニュースが日本に届きます。
ニセコ蒸溜所「ohoro GIN Standard」が、Classic Gin部門の世界最高賞「World's Best Classic Gin」を受賞。
ohoro GIN Standardは、ヤチヤナギ・ニホンハッカ・ジュニパー・コリアンダー・アンジェリカルート・オリスルート・リコリス・カモミール・レモン・オレンジ・柚子・ライム・グレープフルーツの13種ボタニカルを、標準的なジン(40〜45%)より高めの47%で仕上げた一本。北海道の冷涼な気候で育つ素材と、軟水のミネラル感が、伝統的なクラシックジンの枠組みのなかで独自の表現を可能にしました。
創業5年で世界最高賞というインパクト
ニセコ蒸溜所の創業はわずか2019年2月(グランドオープン2021年10月)。設立から5年で、世界最大級のジンコンテストでクラシック部門の頂点に立ったことになります。「日本のクラフトジン蒸溜所が、英米の伝統的ジン銘柄を抑えて、ジンの本流とされるClassic Gin部門で世界最高賞を取った」──この事実の重みは、世界のジン業界の見方を変えるインパクトを与えました。
同年の追加受賞
同年、ohoro GIN Standardはさらに以下を獲得しています。
- WGA 2024 Country Winner / Gold(Classic Gin、日本代表)
- ISC(International Spirits Challenge)2024 Trophy / Double Gold
- SFWSC(San Francisco World Spirits Competition)2024 Double Gold
4つの世界規模のコンテストすべてで最高クラスの評価を獲得した、2024年最大の話題作でした。
ニセコの主役素材ヤチヤナギ(Myrica gale、別名スイートゲイル)は、湿原に自生する低木で、樹脂質な森林ハーブの香り。古くは英国でホップの代替に使われた歴史があり、「世界のジンの伝統」とも繋がる素材を、北海道の湿原という日本の風土で再発見したことが、ohoro GINの設計上の強みになっています。同蒸溜所はohoro GIN Limited Edition ニホンハッカ(WGA 2025 Country Winner Gold、Signature Botanical日本代表)、ohoro GIN Limited Edition ラベンダー(北海道ニセコ町産ラベンダー)も展開しています。
11. 2025年:白兎プレミアムが連覇
2025年。今度は鳥取・倉吉の松井酒造が、Contemporary Style Gin部門の世界最高賞を獲得します。
松井酒造合名会社「マツイ ジン 白兎プレミアム」が、Contemporary Style Gin部門の世界最高賞「World's Best Contemporary Style Gin」を受賞。
白兎プレミアム(明治43年・1910年創業)は、ジュニパー・鳥取県産梨・コリアンダー・オレンジピール・ゆずピール・和山椒・玉露・サクラ・ブラックペッパーの基本9種に、プレミアム5種を加えた合計14種ボタニカルで構成。鳥取県産の梨をジンの主役素材に据えるという独自性が、世界の評価を呼び込みました。
6年連続WGA入賞の積み重ね
白兎プレミアムは過去6年連続でWGA入賞を続けてきた実力派でもあります。
| 年 | 受賞 |
|---|---|
| 2020年 | Gold |
| 2021年 | Bronze |
| 2022年 | Silver |
| 2023年 | Bronze |
| 2024年 | Gold |
| 2025年 | World's Best Contemporary Style Gin |
地道な改良の積み重ねが、ついに頂点に届いた瞬間でした。「一発で取った世界最高賞」ではなく、「6年かけて積み上げた世界最高賞」であることに、ジャパニーズクラフトジンの底力が見えます。
「2連覇」の正確な意味
ここで重要なのは、2024年のニセコと2025年の松井は「同じ部門で2連覇」したわけではないこと。Classic Gin部門とContemporary Style Gin部門は別カテゴリで、それぞれが部門別の世界最高賞です。
とはいえ、ジンの主要2部門(クラシック/コンテンポラリー)で2年連続して日本のジンが各部門のトップに立った事実は、ジャパニーズクラフトジンが「地域のニッチ」から「国際的な主役」へと格上げされたことを世界に示しました。WGAは「Classic Gin」「Contemporary Style Gin」「London Dry Gin」「Flavoured Gin」「Old Tom」「Navy」「Sloe」など多数の部門を持ちますが、Classic / Contemporaryは事実上の「2大本流」。その双方を日本勢が連続して取ったことの戦略的意味は決して小さくありません。
受賞史の詳細は受賞ジン年表からご覧ください。
12. 蒸溜技術の進化:減圧・ベイパー・ハイブリッド
ジャパニーズジンが世界で評価される要因として、蒸溜技術の精密さがしばしば挙げられます。これは日本酒・焼酎・ウイスキーの伝統が育てた発酵・蒸留技術の蓄積が、新カテゴリ「ジン」に活用されている結果です。本セクションでは主要な4つの技術アプローチを概観します。
① 銅製単式蒸留器(ポットスチル)
ジン製造の伝統的な王道で、銅製のポットスチルでアルコールとボタニカル成分を一括蒸留する方式。多くの日本のクラフトジン蒸溜所が、ドイツ製・イタリア製・中国製・国内製などの銅製ポットスチルを採用しています。銅は硫黄分を吸着して香りを清浄化する効果があり、繊細な和素材の表現に向いています。
② 減圧蒸留
真空ポンプで蒸留器内の圧力を下げることで、沸点を下げて低温で蒸留する方式。常圧では70〜80度以上で蒸発する成分が、減圧下では40〜50度で蒸発するため、熱に弱い和素材(玉露・煎茶・桜花・木の芽・赤しそ等)の繊細な香りを傷めずに抽出できます。日本の本格焼酎の世界で発達した技術で、ジン製造への応用は日本ならではの強みです。
③ ベイパーインフュージョン(蒸気抽出)
ボタニカルをアルコールに浸漬せず、蒸留器のヘッド付近にボタニカルバスケットを設置し、上昇する蒸気でボタニカル成分を抽出する方式。浸漬法より香りが繊細で透明感のある仕上がりになり、季の美の「6つのエレメント別蒸留」やROKU〈六〉の四季ボタニカル設計など、複層的な香り設計に活用されています。
④ カフェ式連続蒸留器(ハイブリッド)
ニッカ宮城峡蒸溜所のカフェスチルのように、連続式蒸留機で得たベース蒸溜液を、ジン用ポットスチルでボタニカル蒸留する「ハイブリッド設計」。連続式由来のなめらかさと、ポットスチル由来のボタニカル表現を両立できる、日本独自の発展形です。ニッカ カフェジンはこのアプローチの代表例。
水質:軟水という日本の利点
蒸留後にボトリング度数まで割り戻す際の水も重要な変数です。日本各地の軟水は、ミネラル分が少なく雑味のないクリアな仕上がりに寄与します。京都・伏見の名水(季の美)、ニセコ町安比岳の高品質軟水(ohoro)、津貫加世田(マルス津貫)、駒ヶ根(養命酒製造・香の森)など、各蒸溜所が「銘水の地」に立地しているのは偶然ではなく、日本酒蔵の所在地と重なるパターンが多く見られます。
13. 和素材ボタニカルの広がり
ジャパニーズジンの最大の個性は、和素材ボタニカルにあります。本セクションでは主要素材を「キャラクター×蒸溜所例」で整理します。詳細素材の逆引き検索はボタニカル逆引きからどうぞ。
| 素材 | キャラクター | 採用例 |
|---|---|---|
| 柚子 | 清涼な柑橘・和の代表 | 季の美、ROKU、ohoro、白兎、ニッカ カフェジン、和美人、油津吟ほか多数 |
| 山椒 | 痺れと爽快感のスパイス | 季の美、ROKU、白兎、ニッカ カフェジン、棘玉、ohoro Limited、和美人 |
| 玉露・煎茶 | 旨味と渋みの茶 | 季の美、ROKU、白兎、SAKURAO、橘花、和美人 |
| 桜花・桜葉 | 春の象徴・フローラル | ROKU、紅櫻 #0396 SAKURA、白兎 |
| ヒノキ | 森林・木質感 | 季の美、SAKURAO、神戸蒸溜所 |
| 木の芽(葉山椒) | 新緑・青葉 | 季の美、サクラオLIMITED |
| 赤しそ | 梅干し・和ハーブ | 季の美、SAKURAO(青しそ含む) |
| 笹の葉 | 清涼・若々しさ | 季の美 |
| ヤチヤナギ | 湿原・樹脂質 | ohoro GIN(北海道ニセコ) |
| ニホンハッカ | クールミント | ohoro GIN Limited Edition |
| クロモジ | 森林浴・薬草 | 香の森(養命酒製造)、SAKURAO LIMITED |
| 辺塚橙(へつかだいだい) | 薩摩固有の柑橘 | 和美人 |
| 金柑 | 甘酸の柑橘 | 和美人 |
| けせん(ニードルウッド) | 木質スパイス | 和美人 |
| 月桃 | 奄美・南九州の香り | 和美人 |
| 梨 | みずみずしい果実 | 白兎プレミアム(鳥取県産) |
| ハマゴウ | 海岸線の薬草 | SAKURAO HAMAGOU |
| 日高昆布 | 旨味(ウンマミ) | 9148 STANDARD |
| 切干大根・干し椎茸 | 旨味系発酵 | 9148 STANDARD |
| ラベンダー | フローラル | ohoro Limited、辰巳 First Essence |
注目したいのは、「和素材=柚子・山椒」だけではないこと。ヤチヤナギ・ハマゴウ・けせん・辺塚橙・月桃・日高昆布など、地域固有の植物・食材がジンに次々と採用され、各地の風土がボトルに刻まれています。これがジャパニーズジンを「画一的なカテゴリ」ではなく「地域多様性のあるカテゴリ」にしている本質です。
14. ジャパニーズジンが世界に評価される4つの理由
日本のジンが世界で評価される理由は、単に「珍しい素材を使うから」ではありません。本質は4つの強みにあります。
理由①:「ジュニパー主体」を守りながら独自の和素材を重ねる設計力
ジンの世界定義(EU規則ではジュニパー主体)を守りながら、残りの設計枠を日本独自の素材で埋めるという戦略が一貫しています。これは「奇をてらった香り付けジン」ではなく、ジンの本流のなかで独自性を表現する正攻法。だから世界の審査員も評価しやすい。
理由②:繊細な和素材を扱う蒸留技術
桜花・玉露・煎茶・柚子といった熱に弱い和素材を活かすため、減圧蒸留・ベイパーインフュージョンといった技術を高い精度で使い分ける蒸溜所が多い。これは日本の酒造文化(日本酒・焼酎・ウイスキー)が育てた精密な発酵・蒸留技術の応用とも言えます。詳細はクラフトジンとは?完全ガイド「6. 蒸留方法」で解説しています。
理由③:文化的な物語性
ROKUの「shun(旬)」、季の美の「6つのエレメント」、香の森の「森林セラピー」、ohoroの「湿原のヤチヤナギ」、白兎の「鳥取県産梨」──。日本のクラフトジンは、ボトル1本のなかに文化的な世界観を込めることを得意としています。これは欧米の伝統的ジンが歴史の長さで勝負するのに対し、日本ジンが「物語の解像度」で差別化している点でしょう。
理由④:地域素材の徹底活用
マルス津貫の津貫加世田産金柑、サクラオB&Dの広島県産9種、紅櫻蒸溜所の北海道産多素材、松井酒造の鳥取県産梨、ニセコ蒸溜所の湿原ヤチヤナギ、瀬戸内蒸溜所の瀬戸内檸檬、京屋酒造の宮崎県産柚子──。「自分の蒸溜所がある土地の素材を主役に据える」という設計が、地域ごとに固有の表情を生み、ジャパニーズジン全体の多様性を生んでいます。
補強要因:日本酒蔵・焼酎蔵・ウイスキー蔵の蓄積
もう一つ忘れてはならないのが、ジンに参入したのが既存の老舗酒造蔵元が大半という点です。本坊酒造(焼酎・ウイスキー)、サクラオB&D(みりん・焼酎、創業1918年)、松井酒造(ウイスキー、創業1910年)、京都蒸溜所(Berry Bros & Rudd系)、油長酒造(日本酒「風の森」)、養命酒製造(薬用酒)、京屋酒造(焼酎、創業1834年)など。蒸溜技術・素材調達・販売網・ブランディング体力をすでに持つ事業者が、ジンという新カテゴリに踏み出した──このパターンが、ジャパニーズジンを欧米の独立系クラフト蒸溜所と差別化させ、品質と量産の両立を可能にしています。
15. これからの10年:5つの予兆
日本ジン協会の2023年11月調査(日本バーテンダー協会全国本部・支部の協力で実施)によれば、国産ジン蒸溜所は107施設、商品数は365銘柄に達しています。クラフトビールが2010年代に定着していった軌跡を、ジンが少しタイムラグを伴って追いかけている構図です。
これからの10年で起きそうなのは、次の5つの動きでしょう。
予兆①:地方蒸溜所のさらなる拡大
各都道府県に1〜2蒸溜所、計70〜80軒くらいまで増える可能性。地域素材+ふるさと納税の組み合わせで、地域ブランドとしてのジンが定着する。「行ったことのない県のジンを買って、その土地を想像する」という消費スタイルが広がるかもしれません。
予兆②:樽熟成ジン市場の成立
季の美エディションK/G、KOBE GIN(テキーラ樽熟成)、本坊酒造マルスのウイスキー樽熟成ジンなど、樽熟成ジンが市場として認知される可能性。ウイスキーとジンの中間カテゴリが生まれつつあります。
予兆③:輸出市場の本格化
2024-2025のWGA連覇を経て、英米欧亜の高級バーシーンでジャパニーズジンが定番化。ROKU・季の美・ohoro・白兎プレミアムが世界バーで共通言語になる。海外輸出比率が伸び、英語ラベルや国際向けプレミアム展開が増える。
予兆④:体験型ツーリズムとの融合
サントリー大阪工場が2026年春から一般見学ツアー再開予定、ニセコ蒸溜所も予約見学を実施、本坊酒造マルス津貫は無料見学。蒸溜所めぐりがインバウンド観光の新コンテンツとして定着し、ジン×日本酒×ウイスキー×焼酎のクロスツアー商品が一般化していくでしょう。
予兆⑤:「日本らしさ」の再定義
柚子・山椒・玉露という「鉄板素材」だけでなく、ヤチヤナギ・ハマゴウ・けせん・月桃・日高昆布のような地域固有素材がより多くの蒸溜所で採用される。「ジャパニーズジン=京都+関西の素材」というステレオタイプから、北海道ジン・沖縄ジン・東北ジンなどの地域カテゴリ細分化が進むはずです。
1936年のヘルメスジン、2016年の季の美、2024-2025年のWGA連覇──。90年前に播かれた小さな種が、いま世界の舞台で花開きつつある。それがジャパニーズジンの現在地です。
16. FAQ よくある質問
Q1. 「ジャパニーズジン」と「クラフトジン」の違いは?
「クラフトジン」は世界共通の概念で、小規模・独立・職人的な蒸溜所が手掛けるジンを指します。「ジャパニーズジン」はそのうち日本で蒸溜・ボトリングされ、日本産ボタニカルを少なくとも1種類使うものを指す自主基準(JCSA)。すべてのジャパニーズジンはクラフトジンですが、その逆は成立しません。
Q2. 日本でジンを作る蒸溜所はどれくらいありますか?
日本ジン協会の2023年11月調査では107施設・365銘柄。本サイトGin-DBでは現在約89蒸溜所をカバーしています。新興蒸溜所が継続的に立ち上がっており、毎年数件単位で増加中です。
Q3. なぜ2016年が「クラフトジン元年」と呼ばれるのですか?
2016年10月14日に京都蒸溜所が発売した「季の美 京都ドライジン」が、「日本初のジン専門蒸溜所」のフラッグシップ銘柄であり、本格的な和素材主役クラフトジンの嚆矢として業界転換点になったため。これ以降、本坊酒造和美人(2017)、ROKU〈六〉(2017)と続き、現在の市場が形成されました。
Q4. ROKU〈六〉と季の美はどちらが先に発売されましたか?
季の美が先です。2016年10月14日に季の美発売、2017年7月4日にROKU発売。約9ヶ月差。ジャパニーズジンを語る際は時系列的に「季の美が起点、ROKUが普及拡大」と整理されます。
Q5. 「世界一」のジンは日本にありますか?
「世界一」が部門別世界最高賞を意味するなら、Yesです。2024年WGA Classic Gin部門でohoro GIN Standardが、2025年WGA Contemporary Style Gin部門で白兎プレミアムがそれぞれ世界最高賞を獲得。ただしWGAは部門別評価のため、「全カテゴリ通算の世界一」という単一最高位は存在しません。
Q6. ニッカ カフェジンはどこで作られていますか?
宮城県仙台市青葉区のニッカウヰスキー仙台工場(宮城峡蒸溜所)です。栃木工場ではありません。栃木工場は熟成・ブレンドのみを担う拠点で、蒸留設備はありません。カフェ式連続蒸留器(カフェスチル)は1963年導入・1999年に宮城峡へ移設された設備です。
Q7. 京都蒸溜所は今もペルノ・リカール傘下ですか?
はい、現在はペルノ・リカール・ジャパン株式会社傘下。京都市南区から亀岡市の新蒸溜所(2025年秋稼働予定)への移転を進めています。蒸溜所自体は一般見学なしで、京都市中京区の「The HOUSE of KI NO BI(季の美House)」で見学・体験可能です。
Q8. ジャパニーズジンは輸出されていますか?
主要銘柄(季の美・ROKU・ohoro・白兎・SAKURAO等)は世界数十カ国に輸出されており、ロンドン・ニューヨーク・パリ・シンガポール等の高級バーで提供されています。WGA連覇を機に欧米の高級スーパー・ボトルショップでの展開も加速中です。
Q9. クラフトジンの初心者におすすめの銘柄は?
3,000〜5,000円帯でROKU〈六〉(47%、和素材6種、入手しやすい)、ニッカ カフェジン(47%、和柑橘4種+山椒)、SAKURAO GIN ORIGINAL(47%、広島産9種)あたりが入門に向いています。詳しくはクラフトジンギフト完全ガイドを参照してください。
Q10. これから日本のジン蒸溜所はどうなる?
2026年現在、設備投資が活発化しており、サントリー大阪工場(55億円・2.6倍増産)、京都蒸溜所(亀岡新蒸溜所)など主要蔵が拡大中。地方では各都道府県で新規参入が続いており、「ジン×ふるさと納税×インバウンド観光」の三位一体ビジネスモデルが定着していく見通しです。